数学力

この週末は三連休だったので、ウェストバージニアにある夫の実家にいってきました。NYCから片道10時間強のドライブは毎回苦痛以外の何者でもなく、夫は運転中退屈しないようニュース番組のVideo PodcastをたくさんiPodに保存して見ながら運転したりしています。(ちょっと運転こわいですが。)そんなんで普段は聞かないラジオ番組ですら、ちょっとしたエンターテイメントになったりするのです。

で、たまたまXMラジオの番組でやっていた聴いていてちょっとおもしろかったトピック。英語だったので詳細はかなり怪しいですが。

「アメリカの子供の数学の力が世界の中でも下から4分の一の最低レベル。数学力では先をゆく中国の教育システムを模倣してはどうか?]

番組の中で議論となったポイントは、

→その数学力を図る世界共通のテストやらの結果をそのまま数学力の低下と判断してよいのか

→テストの結果がよい中国の子供たちは「数学力」ではなく「テスト力」(テストでよいスコアを取るスキル)に長けているのではないか

→暗記が中心のアジアの数学に対する疑問

→中国の教育システムを模倣することで、アメリカの持つクリエイティビティの根が摘まれてしまう

などなど。

ほとんどに私も同感。ただ確かに生活に何不自由のない国の数学レベルが、そこまで低いのは考えものな気もします。世界には学校で勉強したくてもその機会に恵まれない子供がたくさんいる。

中国の教育システムまでは行かないけど、数学を教える方法論の模索は必要かも。でもあくまで方法論であって教育システムの話であってはいけない、というのが私の感想でしょうか。

うちの夫は自分はMathに強いと自覚していますが、数字大嫌いな私のほうが簡単な暗算だったら速かったりします。でも、奴にあって私にないもの…、数字の意味するもののボリュームとかそういうものをとてもよく理解します。コンピュータのわけわかんない数字の話も含め。数字が提供する情報量に対するAppreciation、そんな感じです。暗記ではなくそういう数字の理解の仕方を教えられるような方法を模索したいですよね。

とりとめもないですが。

4 replies on “数学力”

  1. Yuki Nihei says:

    こんにちは!数学力、私も友人と同じような話しをしたことがあります。
    思うのは、フツーの生活で使わないような因数分解やら、高校になると微分積分の類、何のためにやっているんだろうって
    必ず疑問に思うと思うんですよ。そのときに数学が出来るとこういう事が出来る!というのを教えてあがられる先生と出会えた子供はラッキーだなと。
    そういう知識のない先生が悪いといっているのではないのですが、身近にそういう大人(知りたいという意欲を刺激してくれるような大人)がいたら
    いいんですよね。というか、自分もそうならないといけないと大人になった私は思ったりする訳です。
    思うに、数学と語学は似ていると思います。ルールに従って一つ一つ積み上げていく作業で、一足飛びに上級になることは出来ない。
    違うのは、語学は程度の差こそあれ、誰がやってもがんばればなんとかなるけど、数学は理系じゃないと基本的にムリ、という壁に割りと早い段階で辿りついてしまうことでしょうか?
    そしてもう一つ。語学は、出来れば世界中の人とコミュニケーションがとれるっていう分かりやすいインセンティブがついてくるのに対して、数学はそれがどうにも分かりにくい。
    コンピュータの世界だって、橋やビルをつくるのだって、ミサイルだってロケットだって数学が絶対に必要不可欠だと知るまでに相当の時間が過ぎてしまうことも大きい。
    先生も親も、数学力をアップする教授法を考えるより前に数学をやるとどんな楽しいことが待っているっていうのを学ぶ必要があるんじゃないのかな・・と思います。
    長文になり、すみません!

    • admin says:

      コメントありがとうございます。思いつきで書いたポストですが、今読んでもやっぱりそう思います。特に私は数字が大の苦手なので。
      でも数字に意味があるということを悟るのには相当時間がかかりました。なんせ数字嫌いなので(笑)。
      語学はどうなんでしょう…語学のほうが「まだ」自然に身に入ってくるような気はしますが。人によりけりかもしれないですね。

  2. Yuki Nihei says:

    こんにちは!数学力、私も友人と同じような話しをしたことがあります。
    思うのは、フツーの生活で使わないような因数分解やら、高校になると微分積分の類、何のためにやっているんだろうって
    必ず疑問に思うと思うんですよ。そのときに数学が出来るとこういう事が出来る!というのを教えてあがられる先生と出会えた子供はラッキーだなと。
    そういう知識のない先生が悪いといっているのではないのですが、身近にそういう大人(知りたいという意欲を刺激してくれるような大人)がいたら
    いいんですよね。というか、自分もそうならないといけないと大人になった私は思ったりする訳です。
    思うに、数学と語学は似ていると思います。ルールに従って一つ一つ積み上げていく作業で、一足飛びに上級になることは出来ない。
    違うのは、語学は程度の差こそあれ、誰がやってもがんばればなんとかなるけど、数学は理系じゃないと基本的にムリ、という壁に割りと早い段階で辿りついてしまうことでしょうか?
    そしてもう一つ。語学は、出来れば世界中の人とコミュニケーションがとれるっていう分かりやすいインセンティブがついてくるのに対して、数学はそれがどうにも分かりにくい。
    コンピュータの世界だって、橋やビルをつくるのだって、ミサイルだってロケットだって数学が絶対に必要不可欠だと知るまでに相当の時間が過ぎてしまうことも大きい。
    先生も親も、数学力をアップする教授法を考えるより前に数学をやるとどんな楽しいことが待っているっていうのを学ぶ必要があるんじゃないのかな・・と思います。
    長文になり、すみません!

    • admin says:

      コメントありがとうございます。思いつきで書いたポストですが、今読んでもやっぱりそう思います。特に私は数字が大の苦手なので。
      でも数字に意味があるということを悟るのには相当時間がかかりました。なんせ数字嫌いなので(笑)。
      語学はどうなんでしょう…語学のほうが「まだ」自然に身に入ってくるような気はしますが。人によりけりかもしれないですね。

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