Category Archives: Random Thoughts

シカゴへ

ダンナのカンファレンスがあるので、それにくっついてシカゴに行ってきます。

とはいっても2日間だし、一日はうちの会社のシカゴオフィスに行ったりするので、ぜんぜん時間はないのですが。

NYも最近寒いですが、シカゴも寒そうです。とりあえずパッキングはおわったけど、まだ持っていく洋服とか正しいのか不安。

今回はアメリカン航空ですが、国内線はチェックイン荷物が有料なので(最初のスーツケースが20ドル、2つ目が30ドル!!)なんとか機内持ち込みかばんで全部持っていけるよう、久々にコンパクトパッキングです。

2日だし、ダンナの恩師とか友達とかに会う予定があるので、観光はほとんどできなさそう。

おいしいピザとブルースのバーに一日は行きたいな。あとはお天気が結構よさそうなので、ダウンタウンをランニングしながら散策がてら観光といった感じでしょうか。

先週ダンナが出張でナイキにいってきて、従業員ストアでいろいろランニンググッズを買ってきてくれました。

どんなものを買ってくるかと心配したけど、今回はGOOD JOB!かわよいです。

running_clothes

多発性硬化症

うちのダンナの母親の病気です。

うちのダンナが修士号を取得しているころに発症したといってました。なので、10年以上前です。私が初めて義母に会ったとき(4年前くらい?)はすでに車椅子。ダンナ曰く、「なんだか歩き方がおかしいな」と思い始めてから1年以内にもう歩けなくなっていたといってました。

私は本人ではないので、そのつらさや大変さは計り知れないですが、彼女はいたって元気に見えます。最近太ったとか、うちの猫ちゃんたちはかわいいとか、そんなことは言いますが、歩けないことを嘆いたりすることはほとんどありません。もちろん私に遠慮?しているのかもしれませんが。

彼女の生活はもっともっとシンプルで、晩御飯がおいしかったとか、サンクスギビングに家族がそろってよかったとか、クリスマスプレゼントにダンナさん(うちの夫のお父さんですね)が買ってくれた指輪の石が小さいとか、そんなこと。

ただやっぱり車椅子なので、家のことは何もできず、病気のせいか環境のせいなのかちょっとボケが強くはなってます。

うちのダンナは厳しい人なので、「家にじっとしていないで、パートにでも出ればよいのに」と実際彼女に対しても言ったりします。きついな~とか思ったりもしましたが、ある意味歩けないからと特別扱いしない、車椅子を言い訳にするな、という感じです。彼女にしたら、病人だからもうちょっと優しくしてよ、と思いそうなくらいある意味厳しい態度…。実の親子ですからその変は任せますが。

若いころはジョギングしたり、ゴルフやったり、旅行いったりと、かなりアクティブな女性だったみたいです。

今は一日中家で過ごすことがほとんど。車が不可欠な田舎住まいで、運転ができないので単独行動は難しい。貧乏ウェストバージニアは歩道がない道路がほとんどだし、あちこちに段差もある。付き添いなしにはやっぱり外にも出にくい環境。

でも、見習うべきところは、自分に起こっている事実を、Factとして受け止めていることでしょうか。諦めでもなく、怒りでもなく、自分の両足は動かなくなってしまったので、代わりの足(車椅子)で生活している、以上。みたいな。

どこの誰にでも起こりえること。病気に限らずある日突然交通事故にあうかもしれないし。

このジョギングができるMomentに感謝、普通に仕事ができることに感謝、とか思います。

五体満足だろうが、不満足だろうが、良くも悪くも特別扱いされる必要はないし、普通の生活を送る権利があるし、そうすべきだ、ということでしょうか。

数学力

この週末は三連休だったので、ウェストバージニアにある夫の実家にいってきました。NYCから片道10時間強のドライブは毎回苦痛以外の何者でもなく、夫は運転中退屈しないようニュース番組のVideo PodcastをたくさんiPodに保存して見ながら運転したりしています。(ちょっと運転こわいですが。)そんなんで普段は聞かないラジオ番組ですら、ちょっとしたエンターテイメントになったりするのです。

で、たまたまXMラジオの番組でやっていた聴いていてちょっとおもしろかったトピック。英語だったので詳細はかなり怪しいですが。

「アメリカの子供の数学の力が世界の中でも下から4分の一の最低レベル。数学力では先をゆく中国の教育システムを模倣してはどうか?]

番組の中で議論となったポイントは、

→その数学力を図る世界共通のテストやらの結果をそのまま数学力の低下と判断してよいのか

→テストの結果がよい中国の子供たちは「数学力」ではなく「テスト力」(テストでよいスコアを取るスキル)に長けているのではないか

→暗記が中心のアジアの数学に対する疑問

→中国の教育システムを模倣することで、アメリカの持つクリエイティビティの根が摘まれてしまう

などなど。

ほとんどに私も同感。ただ確かに生活に何不自由のない国の数学レベルが、そこまで低いのは考えものな気もします。世界には学校で勉強したくてもその機会に恵まれない子供がたくさんいる。

中国の教育システムまでは行かないけど、数学を教える方法論の模索は必要かも。でもあくまで方法論であって教育システムの話であってはいけない、というのが私の感想でしょうか。

うちの夫は自分はMathに強いと自覚していますが、数字大嫌いな私のほうが簡単な暗算だったら速かったりします。でも、奴にあって私にないもの…、数字の意味するもののボリュームとかそういうものをとてもよく理解します。コンピュータのわけわかんない数字の話も含め。数字が提供する情報量に対するAppreciation、そんな感じです。暗記ではなくそういう数字の理解の仕方を教えられるような方法を模索したいですよね。

とりとめもないですが。

iPhone

アダムが入手しました。アンチアップルなのに。私も欲しい。でもプランが月々$30も高くなるのは…。持ってる人いたらおすすめか教えてください。

父の死

2年前から膀胱ガンを患っていた父が2009年3月30日に亡くなりました。がんが腸腰筋に転移し病院で施す治療がないと告げられてから約半年。ある意味ラッキーだと思うんだけど、治療法がないと告げられてから家に戻ることができ、10月に退院してから3月末までの最期の半年を自分の自宅で過ごすことができました。ガンという病気でむなしく病院で最期を迎える人が多い中、父が最期の大切な時間を自宅で過ごせてよかったと(もちろん治ればもっと良いんだけど)、本当に思います。私もこれまでにないくらいせっせと帰国を繰り返し…ほんとにクビにならなくて良かった…、家族全員が自分に何ができるのかを考え行動に移した貴重な6ヶ月になったと思います。

70歳目前だった父は本人はあと10年は間違いなく生きるつもりで、定年後いろいろやってたんだろうな、と思うととっても悲しくなります。NYへも絶対来るつもりだったと思うし、山もこれから本番って感じでのぼるぞーって気合入ってただろうし。プラハの旅行には私が通訳としてついていって、ヨーロッパの山登りまくって、夜はホテルで飲もうねーなんて、ひそかにこっちも計画していたし。あー書いてるだけで泣けてくる、ほんとに。

父が無くなってこちらに戻ってきた最初の一週間くらい、毎日夢にでてきたんだよね。詳しくは覚えてないのが多いんだけど、一つ鮮明に覚えているのがあって。それは別に普通の家の飲み会で、大きな座卓を家族と、昔からのご近所さんとか知り合いとかみんないて、いつもみたいに飲んでて、で「いやー楽しかったねー。」っていつもの酔っ払いデレ目で父が言ってるの。で私も「いやー、楽しかったよねー」って言ってて。寝てたけど覚えてるのが、寝ながら妙に幸せな気持ちだったこと。起きたときに「おおおー、すげーリアル」と思った久しぶりの夢でした。でも、こういう感じのリアルな夢ってためにみるのよね。キムタクが合コンで私をナンパしまくってる夢とかね。その夢のときも起きたときにこの上なく幸せな気持ちで「ああー、夢よ覚めないで」と思ったから。ま、リアルな夢はリアルよね。

そんな心の底で尊敬していた父がなくなって、私にできることって?きっと母を全力で助けてあげることなんだろうね、とか。遠くにいてろくに何もできないからそんなこと言う資格も無いけど。でも将来的に私とアダムがNYからもう少し広い家を持てるエリアに引っ越したら、うちの母親も来て住めばよいのにとほんとに思う。って母にも言ってみたら、あまり現実味なさそうでした。でも「そう言ってくれるその気持ちだけで本当に嬉しい」といつものようにしくしく泣いてました。私としては現実可能な、とっても良いアイデアだと思うけど。

今日は(も)酔っ払いなので取りとめないですが。何か残しときたくって。転勤族だった上に定年して暫くたっていた父には現在進行形でお付き合いしているお友達ってのは、ほんとに限られていたんだけど、なくなって暫くして。昔の同僚とか部下とか、ま、会社関係が多いんだけど、私も子供後頃に「あー、あのおじちゃんねー」と名前だけは知っていた人たちがたくさんお線香をあげに来てくれたみたいです。シンプルな私は、「最近私もいろいろひねくれた考え方とかしちゃうけど、やっぱり自分が死んだら悲しんで、懐かしんで、遠くてもお線香を上げに行きたい」と思ってもらえるような、そんな人生を過ごしたいと、ほんとに当たり前のことをじみじみ思ったりするのでした。

Parents in Matsue

Parents in Oze